すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

8/21

 〝主役になれ。そうでなければ、人生になんの意味がある?〟

 

 打ちのめされている。大傑作だ。

 クッツェーの『遅い男』を読んだ。

 主人公の男はオーストラリアの地で「悠悠自適」な生活を送る六十代。独身、子供なし。それから片足もない。

 私と彼の共通点は無論ほとんどない。せいぜい独身で子供がいないくらいのもの。

 けれども彼は私だ。まぎれもなく、絶対に私だった。だからこそ彼を取り巻く登場人物たち(とりわけコステロ)の彼に対する愛憎入り乱れの𠮟咤激励が、次元を超えて私の胸倉に掴みかかる。「Push!」

 それからここで語られていること。私はもうなにをどう書いたらいいのかわからない。書きたかった大枠での主題、それどころか頭の片隅にぽつぽつ浮かんでいたいくつかの比喩表現まで、私よりずっと巧みな手腕によって書かれていた。自分の言いたいことを表すには、この本の推薦文なりを書いて広告活動に徹したほうがよっぽど的確で、的確以上だろうと思ってしまう。

 しかし不思議と絶望感はない。比較するにはおこがましいほどの大作家ということを抜きにしても、これは珍しい読後感だ。居直ったのか、自分よ?幸い中の不幸、そのなかの幸い。あるいは花占いのような。

 

 明日は予約しておいたシルヴィア・プラスの詩集を借りて、まとめ買いした『失われた時を求めて』(さんざん吟味した果てに、相性から光文社版を選択)を読みはじめる。ついにウルフの日記も買った(定価で4400円。閉店間際まで財布は首をたてに振らなかったが、主人の威厳で黙らせた)。それから新しいノートも。

 あああ、楽しみがいっぱい。

 夕食を終えたら、シャーペンの芯を買いに行くがてら、ちょいと近所を散歩しよう。

 すばらしい小説は読者を玄関の外へ誘い出すもの。