すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

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 母に会った。妹の手術のためにひとり上京してきた田舎者の母親からの誘いを無下にすることはできなかったので、電車賃にしぶることはやめにした。

 大手町で待ち合わせた。いかにもハイソな感じのビジネスマンのあいだを縫って、丸の内のまんなか、時間に遅れること三十分。

 母は控えめに言ってもあまりオシャレな人ではない。わたしもその日、家を出るまでは図書館に行くだけの予定だったため、虫取り少年みたいな出で立ちだちをしていた。短パン、スウェットシャツ。完全に浮いていた。私はファッションや人目に無頓着な研究者気質の切れ者という設定を自分に与えることで、なんとか背筋を伸ばした。

 私たちは中華を食べた。数か月ぶりの外食だった。となりの席には中国語と英語と日本語をミックスで話すトライリンガルらしき男女。好きなものを食べていいよと言われたけれども、貧乏性がすっかり板についている私は、メニューを見ただけで目が回る思いがした。から揚げが三千円もした。ジンジャーエールは飲んだことのない味がした。よく見ると、辛口、と書かれていた。

 それからスタバに入って、しばし話をした。近況報告。私は問題ないと言うばかりだったが、母からひと月分の家賃を借りていた。返さなくていいよ、と母は言った。卑怯者、と私は自分を憎んだ。それから図書券をくれた。帰りに成城石井で、バターとレトルトカレーを買ってもらった。

 駅でわかれ、それぞれの電車に乗ったが、私は帰りの電車賃が不足していることにふと気が付いた。午後十時すぎ。私は二つ前の駅で降りて、一時間の蒸し暑い夜道を額に汗して歩いた。ATMの手数料にすら、いまの私は生活を圧迫される。

 私は帰り道をトボトボ歩きながら、恥ずかしい思いでいっぱいだった。その日の支払いはすべて母親がしていた。同級生は地に足をつけて頑張っているし、弟も無事に一流の会社に就職している。自分だけが落第者のレッテルを貼られている。

 恥をかいてなんぼだろ、と私はいつのまにか居直っていた。苦しみや怒りのない人生は嘘だ。感受性の欠落した人間よりかはいくらもマシだ。それにお腹もいっぱい。帰る家だってちゃんとある。傲慢ちき。恥をもひとつ知りたまえ。

 家についたときには気合がみなぎっていた。シャワーを浴びて髪を乾かすと、その頃にはすっかり気合は眠気にとってかわっていた。情けない話だ。それでもまあ、あしたやればいい。あしたやろうはすくなくとも今日を乗り越えさせる。