すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

8/1

 昨夜は布団に入ったまま一睡もしないうちに朝を迎えた。あまりにも眠れないものだから、パソコンのランプがちかちか明滅する暗闇のなかで瞳孔が開いたり閉じたりするのを何度も繰り返し観察したり、しまいには見えるということのあやふやさや、眠るようにという比喩表現についてぐるぐる考えたりしていた。すると小鳥が鳴き始め、ついでアラーム音に選んだ日の出をテーマにしたさわやかな音楽が流れはじめた。こうして始めざるをえなかった一日。ようやく終わろうとしている八月の初日。スタートが下手くそなのは昔からだ、なににつけても。

 はやいとここれを書いて眠ってしまおう。もちろん眠るまえにウルフの日記を読むことだけは忘れないで。

 ウルフ。wolfではなくて、woolf。

 なにやらイギリスには「眠れない夜にはヴァージニア・ウルフを読みなさい」なんてジョークがあるらしい。頭にかかるもやを振り払いつつ、何度も同じセンテンスを行ったり来たりしながら『灯台へ』を読んだ経験がある身には、わが意を得たりというところである。

 しかし未来の遠い東の島国で、とある古びたせまっくるしいアパートの一室に隠れるようにして生きる若者は、突然、このジョークに裏切られてしまうことになった。

 出掛けのバッグのなかには必ず文庫が数冊入っているのだけれども、最近はしばらく『ダロウェイ夫人』が一つの席をしめている。理由は上記の通り。寝起きの身体、疲れ切った身体には、鞭を打たない限りこの本は読み進められそうもなかった。

 だが、ものは使いよう。どこかでほんのわずかな時間だとしても眠る必要を感じていた私は、ひらめきを得た。やんごとない身分の夫人が、下賤の者に子守歌を歌うのだ。

 しかしよりによって今日。ひどく疲れ切った今日という日。さてさてと休憩時間にダロウェイ夫人を開いてみると、おどろくほど集中して読める。眠れなかった。そうして吐き気やめまいとの延長戦。

 

 今日のところはとりあえず、失敗を踏まえて、エピクテートスをまくらに誘うことにしよう。読書中の寝落ちはくせになっていけない。