すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

7/30

 先日、仕事終わりに飲み会が開かれた。私抜きで。

 どうやらそれはビアガーデンで催されたようだった。蒸し暑い夏の夜に冷たいビール、野外で食べる美味い料理、どんちゃん騒ぎ。さぞかし盛り上がったことだろう。

 「でも、もし誘ってたらきてくれました?なんかそういうの嫌いそうじゃないですか、Nさん」

 誘われてないぞー、と言った私にそう答えたのは、こちらもNさん。私は、ははははー、そんなばかなー、と笑ってごまかした。

 休憩は必ず一人でとることにしていた。むかいにも隣にも人がいない席を必ず選び、イヤホンをつけて本を開き、椅子のうえにふんぞり返る。これで周囲を遠ざけ、あるいは周囲から遠ざかることによって、はじめて休憩する空間になるのだった。なのに、お相手のNさんはその日の休憩時、私のむかいにいた。そうしてヘラヘラしていた。

 女性陣のなかにはっきりとした線引がされていることは入社早々に気が付いた。飲み会はこのなかでも特に声のおおきな女の人たちが主催したものだった。自惚れるわけではないが、私はこのぎすぎすした輪のなかには入るまいぞとはなから決心していた。

 こちらのNさんは女性陣から引っ張りだこだった。

 柔らかい京都弁と懐っこい性格、とても魅力的な声を持っていて、背が高く、とてもオシャレな人だから、それも当然のこと。

 いつだかたまたま帰りの電車でばったり乗り合わせたとき「でもめんどくさいですよ。あっちこっちいい顔するのも」と寝不足らしい顔で言っていた。だいたいの場合、それが本心かそうでないかの見分けが簡単につくのだけれど、彼の場合は例外だった。

 そんな、私からすれば要注意人物というか得体の知れない存在である彼は、私が四六時中むすっとしているにも関わらず、いつもなんでもないような感じで話しかけてくる。

 口を開かせようとしても糸口がみつけられない場合、分がある立場にあれば、相手の周りを囲って旗を持ちうろちょろ練り歩いて注意を引こうとする、門を開け、降伏せよ、とばかりに。私はそのすべてを完全に無視していた。無視している風にみせかけた。お帰りくださーい。居留守。はったり勝負。これでおおかたはケリがついた。

 そんなこんなで着実に積み上げていったイメージを、けれども彼はあっさりとぶち壊した。

 そこからはもうなしくずし。信号が赤から黄色に変わった。注意すれば進めないこともなし。一度渡ってしまえばこっちのもの。あだ名がついてしまえば、そこからはもう下り坂。

 あーあ。結局そうなるか、と呆れる自分。と同時に、どこかでほっと胸をなでおろす自分もいるような気がする。ひとりぼっちの贅沢。後ろめたさ。

 高校時代、遅刻のしすぎで記入用紙が三枚目に達したとき、私は担任に、俺のほうはまだ二枚目なんですけどね、とつまらないジョークを飛ばしたことを思い出した。ばかやろう、と担任は私の頭のうえを軽く小突いた。彼は私が大学を卒業するころに亡くなった。