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すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

思い出すこと【千葉暴走】前編

 昨夜、もんじゃ焼きをつついていた折、どういった流れでか忘れたが『ラ・ラ・ランド』の話が持ちあがった。

 私はこのとき、忸怩たる思いがした。語り口がない。思えば、今年に入ってから一本も映画館で映画を観ていなかった。もともと閉所が苦手で集中できないため、あまり映画館は得意ではないのだけれど、『ラ・ラ・ランド』も『ムーンライト』も観れていないことにはちょっとした危機感を抱く。

 私にはこれまた極端な持論があって、これに急かされる形で去年は自宅でだが、古今東西の作品を月に5本以上必ず観るようにしていた。表現の世界に足をつっこもうとする人間が映画を観ないなど、バイアスのかかりまくった私には言語道断。最近は小説にかまけてばかりでいけない。

 思えば、最後に映画館へ行ったのは『この世界の片隅に』を観に行ったときであった。ちょうど千葉への旅行がてらに観たのだったが、その道程が例に漏れず、帆に向かい風を受けまくったことを思い出したので、今回はそのことをしたためたい。

 

 

 そもそもの目的は、千葉有数の観光地 養老渓谷へのハイキングだった。

 私は性格上、一度外出の決心がつくと、とくにひとり旅の場合、すべての時間を間断なく、かつ完全無欠のプランをもってして埋めていかなければ気が済まない。

 だだ私の頭は出来が不十分なので、理想と現実の仕分け作業がままならず、結果としていつも非現実的なプランに振り回される。恐ろしくタイトなスケジュールと辻褄を合わせるため全力で努力するが、そのため体力の消耗は尋常ならざるものとなり、毎度げっそり目の下を黒くして帰宅することになる。

 しかし人間は学習する。ゆえに私は漠然と「とにかく養老渓谷に行こう」という目的だけをもって家を出発することにした。

 

 よく晴れた日だった。いつもはぶらぶらさせているコンバースの長すぎる靴紐も、この日は靴の中にぐいとしまいこんだ。しばらくは不安になるほど順調だった。五井駅までメトロとJRを難なく乗り継ぎ、それから小湊鉄道に乗り換えた。

 小湊鉄道は赤とベージュの配色が可愛い二両編成のちいさな車両が、一本の非電化路線に乗って田畑や木々の間をガタゴト揺れながら突っ切ってゆく、古い物好きにはたまらない田舎情緒溢れるローカル線である。途中立ち寄る駅もただ乗り降りするための場所といった感じで、吹きさらしの看板にはかすれた、おそらく手書きの黒い文字で、でかでかと現在地とその前後の駅の名前が書かれているだけである。乗り込んでくる人は、ほとんどが観光客か、もしくは地元の子どもたちかであった。

 車中は揺さぶられるし、音もうるさい。なのに不思議と居心地の良い空間に落ち着いた心持ちで窓の外を眺めていると、一時間と少々の道のりだったろうか、電車は目的の養老渓谷駅にぬるっと到着した。

 ついた頃には15時をとっくに回っていた。季節は冬のはじまりで、日の落ちるのがもうすっかり早い。降りてすこし歩き始めると、みるみる辺りは薄闇に包まれていった。一時間も経つと、街灯の少ない村はすっかり暗幕の中に隠れた。仕方がないので志半ばで引き返すことにしたが、しかしただ来た道をなぞるだけではつまらない。私は地図をしまい、感覚だけを頼りに駅を目指した。そうしてやっぱり迷った。行きと同じ距離を、帰りは倍の時間ついやした。

 季節柄、物悲しい駅にもイルミネーションが灯って遠目にもそこだけ明るかった。私は電車が迎えにくるまでの時間、ホームの端に立って、ぼんやり光を放つサンタクロースと睨めっこしていた。サンタクロースは終始にこやかであった。

 そのうち電車が来た。閑静な車内で私は、なんだかこのまま帰るのでは物足りないような気がした。そこで調べると、ちょうど降りる駅の近くに映画館がある。私は上映中作品の中から『この世界の片隅に』のレイトショーに一番後ろの席を確保して眠った。