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すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

 「目標という言葉で事足りるところをあえて夢という口当たりのいい言葉に変換して自分の将来を盛んに語りたがる己惚ればかり一丁前の安い・浅い・薄いと三拍子を見事に揃えた天才的に退屈な人たち」と題して記事を書いていた。しかし書き終えてみてすぐに、これはまずいぜと己が失敗に舌を打った。口が悪すぎる。悪意が見え見えで、ほとんどある種の人たちに喧嘩を売っているとしか思われない内容であった。
 その中で、キング牧師の演説「I Have a Dream」や、ミュージカル版レ・ミゼラブルから「I Dreamed a Dream」まで援用していたのだから、すこぶるたちが悪い。すさまじくブーメランである。
ユーモアの欠落した罵声は品がなくただただ醜悪なだけだ。私は平生からこれを忌み嫌っているはずだったのに……不覚。

消してしまおう。100%憎悪成分配合でできた文字の羅列で真っ黒のページを閉じようとしたそのとき、私は、おやとある一点に意識を吸い寄せられた。

 レ・ミゼラブル

 思えばずいぶん久しぶりの邂逅であった。なんだか友達からのラインを無視(私はうっかりよくやる。悪気はない)してからしばらく、ばったり街中で会ってしまったときのようなぎこちなさも感じた。
 一時は大はまりしたもので、映画も何回みたかしらん、帝国劇場まで舞台も観に行ったし、論文を書いては教授からお褒めに与ることもあった。なのに、いまのいままですっかり頭から抜けていたのだから、ここにも諸行無常の響きがある。
「I Dreamed a Dream」は劇中、主要人物のファンテーヌが歌うレミゼの代表曲だ。トム・フーパー監督作品の映画版レミゼでは、我らがアン・ハサウェイが坊主頭の壮絶な表情で歌って注目を集めた。この曲はオーディション番組でスーザン・ボイルが歌ったことでも有名だし、日本では華原朋美も歌っていたような気もするので、ミュージカルを知らない人でも恐らく一度は聞いたことがあるだろう。
 劇中で流れるすべての曲が好きだが、中でも私はとりわけこの曲が好きだった。毎日聞いていた。なのに三年も四年も経つだけで、歌詞もすっかり忘れてしまっている。人間に備わった忘却機能はときに便利だが、またときにぞっとするほど恐ろしい。
 

 その当時よりすこし遡る。私には片想いの人があった。
 芋づる式で発掘された記憶だが、こちらははっきり苦々しい思い出である。思えば、私が里見のお嬢さんに惹かれてやまないのは、記憶の奥に閉じこめたこの女の影響が多くあるに違いない。
《我は我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり》想像力をたくましくすれば、この台詞で袂を分かつ男と女の姿が、自分を主人公にして平成を舞台に再生される。もちろん、実際はもっと平凡な終わりであったが、その瞬間の強烈な記憶は、そのくせなぜかここだけ判然としないから不思議だ。可愛い人だったが、いまになってみると、なぜああも夢中になっていたのかわからない。わからないが、わからないままでいいとも思う。
 いくら歳をとって物事の道理をわきまえた気でいても、あの女の前に出ればたちまち臆病風に吹かれて子どもみたいになってしまうのが目に見えている。遠くに置いておけば、いつまでも憎んでいられる。近くに寄ってしまえば、どうせころりと手のひら返して尻尾をふりはじめるに決まっている。情けないったらありゃしない。願わくば濃い墨で上から真っ黒に塗りつぶしたいものだ。


 しかしそんなに遠くまで旅行しなくても、二日前の夕飯すら思い出せない。今朝の夢すら思い出せない。今日花粉症の薬を飲んだかもはっきりしない。メモリーカードみたく自分で取捨選択して整理できたら楽なのになとも思う。