すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

ぶらりぐだり北九州の旅 前篇

 天国をみた。

 見下ろす白い雲は切れ目なく彼方まで広がり、ちょうど地平線のようにくっきりと、とある境界から上は一点の淀みなく冴え冴えとした青いばかりの空がかかっている。残すところ太陽を頂くのみとなった空は、空というより薄めた宇宙といった感じだった。

 窓のすぐ向こうで平たく頼りない鉄の翼がゴオゴオ炎を吐いている。気圧がころころ変わって耳の奥が忙しい。飛行機ははちゃめちゃなスピードで数千キロを結んでいる。それなのに、景色は一向に変わらない。エンジンの音以外にはほとんどなにも聞こえない。世界が静止している。なんだか写真の中を飛んでいるような気分だった。どこを見ても青と白があるだけで、それはドキュメンタリー番組で観た北極の景色に似ていた。人間の腰が落ち着くことのできない場所の、過酷な環境にのみ現れる自然の美しさがあった。

 この記憶には脈絡がない。気がつけば雲の上にいて、次に気がついたときは滑走路の上だった。満身創痍の体では、いまなお脳裏にくっきり浮かぶほど強烈な印象をもたらした空の上の二つの配色以外、なにものをも留めておくことができなかったようである。

 

 羽田空港の広いロビーでEとTと落ちあったのは、九日午前七時前のことだった。全員がすでに寝不足で消耗していた。Eは仕事明けだからともかく、私とTは各々好き勝手やっての寝不足だから間が抜けている。

 Eはほとんどポーチのような肩掛け1つといった出で立ちだった。相変わらず肩の力が抜けた、身軽な人である。

 Tは反対に巨大なリュックを背負っていた。これには結局最後までなにが詰め込まれていたのか、いまだ謎のままである。彼が取り出したもので確認できたのは、機内で遊ぶためのトランプ、大量のライター(無論、手荷物検査でほとんどすべてはじかれた)、持病の頭痛から腹痛に乗り物酔いまでカバーした各種隙のない薬のラインナップ、それからなぜか富山の旅行ガイドブックと、それくらいだった。人という字の成り立ちは道徳と倒錯が互いに支えあう図式からくる。Tはそんな人である。ノーパンでスーツを着ているような人である。というのは冗談で、彼は賢く心配性で空気を読みすぎるくらいに読んでしまう、繊細な神経の人である。

 我々は三人寄っても文殊の知恵を得ることはできないが、そんじゃそこいらの女子大生には負けないほどのおしゃべりである。喋り出せばなかなか口を閉じない。肉体や生活はきちんとおじさん化しつつあるため、話の中身に黄色いものはほとんど混ざることはないが、EもTも頭が柔軟だから適当な言葉がすいすい出る。横並びに腰かけた我々はババ抜きをしながら、ひっきりなしにくだらない話を次から次へと繰り出した。

 だが前述のように肉体はちゃんと歳をとっている。寝不足の我々は元気のピークを福岡に向かう途中の上空で早々に迎え、高度が下がるにともない段々と窓の外を見たり、機内雑誌をぱらぱらめくったりするようになった。義務教育の中で習いそうな気圧や重力の問題について話しても、頭がぼんやりするばかりでだれもはっきりした答えを出すことができない。私は科学も数学もからっきしなので、寝不足であろうがなかろうが同じことだが。

 

 そうこうするうち、窓の下に海と、隣接する都市のビル群、ずらっと伸びた高速道路の線などが見えはじめた。九州にかかる雲の下は晴れていた。頬に刺さる日差しが熱い。気候も爽やかであった。

 はしゃいだことで拍車がかかったのか、福岡に降り立ったときには驚くほど疲弊し、あくびが常に我々の周りをつきまとうようになっていた。それは最初の目的地に到達するなり現れる、桃鉄の嫌われ者、ボンビーのように鬱陶しかった。だが、このころはまだ「おこづかいおちいのねん!」と小金をせっつかれるようなものだった。それにはしばらく後になってから気が付く。