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すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

K太と会った。彼との再会は半年ぶりか一年ぶりか、記憶に曖昧だが、とにかく、顔を合わせたときの一言目は「久しぶり」であった。寝坊した私に文句を言うでもなく、またこちらからあえて謝罪するでもなく、我々はそれくらいに心安い関係である。

 

付き合いは遡って高校生の頃からになるが、はっきり言って、性格の相性はそんなにいいとは思えない。私は神経質すぎたし、彼は大らかすぎた。

彼は懐こい犬みたいな奴で、いくら追っ払っても、尻尾をふりふりまた近づいてくる。親切でまっすぐな男だが、その類型の男の例に漏れず、彼には遠回しな皮肉など通用しない。ときにはそれがむず痒かった。過去を紐解けば、恥ずかしい気持ちでいっぱいになるほど、私は彼に対してあからさまに冷淡で幼稚な態度を見せたことが幾度となくあった。

仮にもし私がそのような態度を受けたら間違いなく金輪際、関係を断つだろう。

それでも彼は辛抱強くここまで付き合ってくれたのだから、もうすでに切っても切れぬ仲になっていると言える。

 

昨日、五分咲き七分咲きの桜と酒で賑わう公園を尻目にK太と商店街をぶらついていると、目の前で母親に連れられた小さな女の子が小さな自転車ごと転倒した。私は考えた。「子どもが倒れている。手を差し伸べようか。しかし自分で立ち上がることもまた練習の一つと、もしとなりで我が子を見下ろすばかりの母親が考えていたとしたら、これはこの人の教育方針に背く。かえって余計なお世話になる」と。だがK太はすぐに歩み寄った。そして、それがさも当然のことであるかのように手助けをした。

私はこんな光景を何度も見たことがあった。

何年か昔のある時は、泥酔してベンチにもたれかかった調子の悪そうな男に、わざわざ近くの自販機で水を買って渡していたことがあった。私はK太の後ろ姿を見ながら「自業自得だろう。いい大人がこんなになるまで酒を飲んだりして、みっともない。なぜ身銭きってまで助ける」と恨めしい気持ちだった。

そして同時に、彼の純粋な思いやりを羨ましく思った。まるでせせこましいところがない。そうするべきだと思うから、そうする。彼はどこからどう見ても善良な人である。

《智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい》

言わずとも知れた『草枕』冒頭の一節だが、ある種類の人にとってこんな言葉などは古めかしい小説のものにすぎず、従って知らん顔を決め込み他人事にしていられる。

私のような人間には逆立ちしたって無理な相談だが。

 

ps4のゲーム「コールオブデューティ ブラックオプス3」に二人で熱中し、いつのまにか終電を逃した私は、仕事を早朝に控えて眠った彼を背に、『彼岸過迄』を読み始めた。が、すぐにやめて、私の身の丈以上もある本棚に目を移した。

彼の部屋の本棚には、ずらりと少年ジャンプ系の漫画が並んでいる。ワンピース、ナルト、スラムダンクジョジョ、トリコ。小説や小難しい学術書などは一冊もない。

壁には恋人との思い出が貼りつけてある。眼の大きな、彼自慢の女性である。大きな会社に働いている。オートロックの駅近物件に住んでいる。貯金もしている。将来を見ている。

私は朝まで少年漫画の世界に没頭した。

 

通勤する人たちで窮屈な朝の電車に揺られながら、寝不足でうつらうつらしていると、いつもの悪癖が出て、息苦しくなり、なにもかもが気持ち悪く歪みはじめた。

電車から一度降りて外から窓を見ると、人の熱気で白く曇がかかっている。その向こうに黒い影が集まって大人しく発車のときを待っている。扉がしまる。電車が動き出す。

花道と流川のハイタッチ、火拳のエースを巡る戦い、イタチとサスケの戦い、なんだか電車と一緒に全てが遠くへ行ってしまうような気がした。

帰宅し布団の中に落ち着いて目をつむると、まばたきの間に月が上っていた。愉快な夢を見たようで、寝起きはなかなかどうして悪くなかった。ちゃんとお腹が減っている。

 

そういえば今日は弟の誕生日だ。大勢の誰かの誕生日だ。ハッピーバースデーみなさん。久しぶりにaiko「瞳」を聴いた。