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すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

思い出すこと【新潟弾丸旅行】 後編

高速道路に乗ってしまえば、さすがの我々も迷子になることはない。途中で一度どういうわけか河川敷のような場所に降り立ったが、それ以外にはまったく順調であった。

細かくサービスエリアに寄りながら、運転を代わる代わるに北を目指す。寒さが強くなり、霧が濃くなり、途中私の体調が不安定になりもしたが、それでも進捗状況はおおむね良好であった。

やがて朝が来た。

川端康成の名著『雪国』の有名な冒頭のシーン「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」を、我々は群馬と新潟の県境で実際に目の当たりにした。それまでの景色が一変し、まばらで不完全な銀世界を見たとき、我々のテンションは俄然上がったものである。

そうして田舎の生活についてあることないこと好き勝手に喋っていると、ようやく長い道のりの果てに、目指すべき日本海の大パノラマが眼前に広がった。そして私は思った。広いだけでなんの変哲もない海である、と。ロマンチストであればなんとか上手い講釈をしてみせるのかもしれないが、そこにいる二人の男は実際を実際として見るならまだしも、実際すら低く値踏みしてみる人間である。私とEは海岸に出てみたものの、砂浜の荒れ具合を批評した程度で、そそくさと引き上げてしまった。このあたりから眠気に襲われつつあった。

こうして私の個人的な目的はぬるっと達成された。正直この時点ですでに、天国とか仲間はずれとか、そういった設定がすっかり頭から抜け落ちていたのだが。

しかし我々には共通の楽しみもあった。海鮮料理である。海も間近で、さらに新潟といえばお米。「海鮮丼とか最高に美味いんじゃないか」と我々は期待に胸踊らせ、すっかりスマホに頼ってあらかじめ調べておいた市場に向かった。

だが我々は得てして詰めが甘い。早く着きすぎたため、店はしばらく開店しない様子だった。待ち時間が長すぎることを考慮し、我々はとりあえずその場でぬるい浜焼きを食べてプランを変更、伊香保温泉に向かいながら道中、寿司屋で海鮮丼を食べることにした。

ここでまずEに限界が来た。私は一人、Eの音楽プレーヤーに仕込んでおいた個人の独断と愛情に基づくaikoベストアルバムをかけ、寝ているEを尻目にしばらくドライブをした。

山の中を突っ切るような道は、ここにも雪の名残があちこちに被さっていてとても美しかった。雪の白に太陽が反射して目を焼こうとするため、眠気も紛れた。そうしてたどり着いたお寿司屋で食べた海鮮丼は絶品だった。おかげで疲れが吹っ飛んだ気がしたが、そこから伊香保までの道中、今度は私が爆睡した。

伊香保について、我々は別行動に出た。互いにもともと他人と長い時間を一緒に過ごすのが苦手な性分である。それに私は潔癖ゆえに大衆浴場が苦手なため、こうすることで両人気を揉まずに済む。

私はとにかく歩いた。伊香保といえば階段である。温泉街にきてまで湯に浸からず、一体なにをしているのかと思わんでもなかったが、裏路地のひっそり佇んだ休憩所で芥川や太宰の本をめくるのは、存外良いものであった。

待ち合わせの足湯でぼんやりしていると、しばらくしてEがやってきた。どうやらEも温泉には入らなかったと見えた。代わりにコートの裾を足湯に浸からせて、我々は伊香保に別れを告げた。

帰りは本当にしんどかった。例によって道に迷うし、事故で高速道路は低速化、降りれば降りた車で混雑して一般道も進まない。Eは夜勤明けである。この弾丸スケジュールでは体力が持とうはずもない。私は痛む頭と過度の眠気からくる吐き気を催しながら、なんとか八王子までを運転した。そこでいつもなら絶対に敬遠しそうな小洒落たイタリアンの店なんかで食事し、つまり店はを探すのも億劫なほどに疲れ切って、我々は解散した。

帰りの電車は本当にまったく記憶がない。大変に厳しい旅であった。

この旅で我々は教訓を得た。それはタイムイズマネーということである。大人なのだから新幹線や飛行機にかかるお金を勿体ぶって、時間と労力をいたずらに浪費するのはやめましょうねということだ。

我々は来月また旅行に行く。人間は経験することで確実に成長する。同じ轍は踏まない(私はその後も個人的に何度も踏むことになるが、その話はまた別で)。今度は大人の、健全な旅行になることを期待しようと思う。