すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

思い出すこと【新潟弾丸旅行】 前編

前回、ノロウイルスに感染した過去を暴露した。これは文春も真っ青の記事であった。ジャーナリズムが根底から大きく揺れ動いた瞬間である。

とまあ与太話は置いておいて、書いている最中にふと思い出したことがある。流行り病に倒れた丁度その日、私には友人との予定があった。大変楽しみにしていた予定であった。よりによってのタイミングに、私は膝を叩いたものである。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。いい歳して、ちょっと泣きそうになった。

結局この予定は二週間後にずれこんだものの、無事に執り行われた。すぐに都合がつくのは、のらくら者の特権である。もちろんこれは私だけでなく、友人のことも指す。こんな軽口が叩けるのも、紆余曲折あれ、きちんと約束が守れたからである。もしこのままお流れになってしまっていたら、おそらく今だにこの友人とはやすやす顔を合わせられなかっただろう。責任感の強さは私の長所である。褒められていい。

 

約束とは、新潟への旅行であった。

『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』という映画の中で、余命わずかの主人公二人が交わす言葉に「天国じゃみんなが海の話をするんだぜ」といったものがある。これを見た私のアンテナはビビビと反応した。私は神奈川の出身である。太平洋なら何十回と見ている。しかし日本海はどうだ。一度も見たことがない。これでは太平洋の話は得意にできても、日本海の話題が出たときついていけないではないか!

「やばい、天国で仲間はずれにされる」

そう思った私は、そもそも天国に行けるかも分からないというプリミティブな問題には目をつむり、友人のEに話を持ちかけた。

Eはそもそも指折り数えることができるほどに数少ない私の友人の中でも、とくに親しい友人の一人である。彼の性格は熟知している。いまどきTwitterfacebookはおろかLINEすら利用せず、人間関係不得意、面倒くさがりで出不精な彼は、おそらく私の提案をにべもなく撥ねつける。こう想像した私だが、意外にも彼は乗ってきた。記憶を都合よく改竄しているだけで、例に漏れず、嫌がる彼を強引に私が引きずり出したという可能性は否定できないが、とにかく私とEはいざ日本海!と鼻息荒く出かけたのである。

我々は深夜に集まり、Eの軽自動車に乗り込んだ。ガソリンを入れ、静まり返った馴染みの町から町へと快調に進んでいく。車内の我々も絶好調である。文明の利器に頼らないことを旅のテーマとしていた私たちは、しかし互いに方向音痴なことをすっかり忘れていた。よって出発してから30分、早々に道が分からなくなった。コンビニに入って地図を開いてみるものの、ポンコツを自負している我々は当たり前のように地図が読めない。「とにかく高速乗って北に行きゃいいのよ」と言ってはみるが、さてじゃあ北はどっちだという話になると、互いにてんで違う方角を指差す。

反骨精神の鬼たる我々はこうしてナビの力を借りることになった。出鼻は挫かれたが、まだこの時点の我々は元気一杯であった。

後半へ続く。