すいません、ビニールありますか。

常ならぬ日々のこと。見聞きしたあれやこれやについて。平成生まれ。男性。東京都在住。フリーアルバイター。やや乱視ぎみ。

思い出すこと【千葉暴走】後篇

 TOHOシネマズが入っているショッピングモールの中で、私は開場までのあいだフードコートの一角に座を占めていた。麺を2倍増しにした長崎ちゃんぽんをちゅるちゅる啜っている私の向かいで、高校生カップルが横並びに座ってずーーっとインカメで写真を撮っている。 シャッター音のたびに表情がちょっとずつ変化するうら若き男女をどんぶりにへばりつきながら上目で見ていると、私が彼らを面白いと思っている以上に、彼らはもしかしたら夜もそこそこの時間に一人フードコートのだだっ広い空間の片隅でちゃんぽんをがっついている男を面白いものと見ているかもしれないなと思って、なんだか可笑しかった。

 肝心の『この世界の片隅に』は、私がいままで見た映画の中で最も素晴らしい作品の一つだった。2016年は『ズートピア』や『君の名は。』の公開もあって、もう正直アニメーション作品はお腹いっぱいだなと思っていたところに、高い評判に釣られて蓋を開けてみると、まあこれである。

 途中までポップコーンをむしゃむしゃ食べていた何列か前のおじさんも、途中からそれどころではなくなり、しまいにはハンカチを顔に当てるのに忙しくしていた。上映が終わってぱっと明るくなった劇場には、席の中ほどで文字通りに泣き崩れていた若い男性と、それをとなりであやすもう一人の男性がいた。

 私は映画館を出てしばらくぼんやりしていた。誠意をもって作られた作品にのみ見られる、切実な、筆舌に尽くし難い、喜怒哀楽すべてに訴えかけてくる感動を正面から受け、打ちのめされていた。私はそれ以来、『この世界の片隅に』を観ていない人とは、決して心を打ち解け合うことはないだろうと考えている。

 

 しかしこの深く心地よい感動に、たちまち現実世界から刺客が送られてきた。終電がすでになくなっていたのである。

 冷たい潮風に吹かれて歩きながら、私は肉まん片手に考えた。幸いに翌日は休日である。旅にハプニングはつきものだ。私はすぐに吹っ切れて、近くの漫画喫茶に入って朝までスラムダンクに没頭した。

 

 翌日はどうせ千葉にいるならと、前々から興味があった国立歴史民俗博物館へ行くことにした。

 ここもまた素晴らしかった。私史上最強の博物館であった。しかし私は例によって寝不足だった。展示されている資料の数は膨大で、古くは原始から中世、近世、近代、現代と歴史を順に追って見学することができるのだが、中世あたりから頭痛が活発になり、近世を終えることには足元がおぼつかなくなっていた。頭が働かない。後半はほとんど重要な資料の数々も目の上を滑っていくだけだった。

 

 なんとか一通り館内を廻りきった私は、また必ず来ようと胸に決めて、バスがやってくるのをうつらうつら待っていた。

 すると、どこからか黒猫がのそのそやってきて、縁石に腰かける私の膝の裏に丸くなってにゃあにゃあ鳴いた。美しいものを多く見たこの二日間の中で、もっとも鮮明に記憶に残っているのはこの猫だった。私は猫の背を撫でてるうち、なぜか知らんがぼろぼろ泣けてきてしょうがなかった。

 ようやくきたバスに乗り込むと、その先はただ眠るだけとなった。帰りの電車の中で見知らぬ女性の肩に眠り、おまけにちょっとだけよだれを垂らしたのはここだけの話である。